脳梗塞 ワレンベルグな日々

ワレンベルグ症候群を2022年末発症。後遺症と再就職。2025年還暦、南国田舎のほどほど暮らし

/***ヘッダー画像レスポンシブ対応***/ .header-image-enable #blog-title #blog-title-inner, .header-image-only #blog-title #blog-title-inner { height: 20vw!important; max-height: 200px; max-width: 1000px; background-size: cover; margin: 0 auto; }

帰省6連休も終わり|脳梗塞 後遺症 |5連勤スタート

無事帰省が終わり、職場に戻る

6月9日の夜便の名古屋-鹿児島便で戻った。
行きと同じ大雨、しかも夜道、22時前に帰宅。

一年ぶりの帰省の6日間も、過ぎればあっという間。
翌日10日から、仕事が待っている。

「長い休み貰ってありがとうございました」と職場で
目が合うヒト全てに挨拶と、笑顔で元気をアピール。
お土産は、北陸モノ、心ばかりだが。

職場の上司、仲間からは温かく受け容れて貰える。
「実家のお母さんはお元気でしたか?」
「のんびり出来ましたか?」

水曜から日曜までの5連勤で再開。6連休のあと。
今日11日で2日目終了。ぼちぼちと

www.conoha.jp

アフィリエイト広告(Amazonアソシエイト含む)を掲載しています。

 

帰省の費用など、総括

「あの台風で、大丈夫だったんですね」と驚かれる。
まさに、ギリギリ躱しての旅程、幸運を神に感謝。
(名古屋ー鹿児島が2人で往復で3万円、ソラシド早割はギャンブル)

中部国際からは、レンタカーのアクア、6日間で5万円。

片道300キロの往復と6日間の足(実家は車がないので)。

32km/Lの恐るべき燃費、ガソリンは6日間で30L程使ったかな、
経済性もさることながら、パワーも意外とあって運転が楽で安心。

あとは、鹿児島空港の駐車代が5500円(5泊6日)。
全部で、10万円くらいというところ。

これを、安いとみるか、コスパ悪くねぇ?とみるか、だが。
名古屋と実家の300㎞往復、は高速バスでも2人で往復2万、
列車なら3万以上。そこをレンタカーをフルに使いつつ、
多少時間はかかっても、という感じ。

もちろん、鹿児島から実家まで最短時間で行こうとすれば、
羽田に飛んだ後、北陸新幹線なら2時間半ほど、
新幹線駅から自宅まで車で20分ほどみても
接続さえよければ半日だ。いっぽう、今の移動
元凶、ネックはレンタカーでの5時間移動。
行きも帰りも、ほぼ終日移動かつ体力勝負。

しかし、どのみち、実家滞在中は足がないのでレンタカー
は必要。車種のグレードを落とせば少しは安くなるけど
やはり、運転支援もありパワーもあり燃費がいいクルマで
母妹含め4人の墓参り移動も考慮するとアクアがベストか。

職場が、台風の次に心配する長距離移動。遠距離帰省。
しがないパート職、嫁を伴い年一帰省を果たすためには、
体力が続く限り、移動費用最小で。
かつ滞在中の利便性も考えて行き着いた手段。

嫁が実家に来る理由、珍しく料理を振る舞う

嫁は、実家の飼い猫マルと戯れて暮らす。

 

夫(私)の母とはそんなに仲は悪くなくて、
居心地は悪くない(はず)、久しぶりに実母介護から解放されて。
鹿児島の田舎の自宅よりは、適度に街で息抜き、買い物も楽しい。
さらに、マルさえいれば何も要らない。
(マルは一年ぶりでも覚えていて、寝中をさわってとせがむ)

 

母はいつもは自分ひとりの食事を自分で作って食べている。

これまで帰省滞在期間中、だいたいは母が、料理の
献立の主導権を握って作る。
一年ぶりの息子に、あれもこれも食べさせたい、
と4,5日分の夕食メニューを
頭の中であれこれ計画しているので
妻の出る幕はこれまでほとんど無かった。

今回、嫁が申し出て、手料理を母に振る舞った。
嫁は特に他意はなく、自然発生的な申し出に、
母も(いつもなら「私が作るからいいよ」と言う感じだが)
今回は承諾した。
たぶん、(帰省中)連日手の込んだ料理も作るのが
次第にしんどくなってきている、おっくうな
のかもしれない。
80も中程までくると、認知も入ってきて、やる気も失われる。

唯一、
60の息子が帰って来るのを愉しみに待っている独り暮らし、
1日1日が、勝負なのだろう。

母が心配する息子の病状、電話では出来ない話

「体は大丈夫なの?」「仕事は怠くない?」と聞く母。
3年半前までは、この実家で共に暮らしたが、
母の目の前で、息子の私は救急搬送された、大晦日の朝。
突然の脳梗塞。共に生活していながら大病させてしまった
という後悔、責任を感じているらしい。

「退院からはあまり変わり映えしない、ただ後遺症は強く
なったかな」と答える私。「仕事は、ぼちぼちやってる」。

「あまり、無理をしなくても、もう60過ぎなんだから」
と母。「いつでも帰って来れるようにこの家があるから、
斜め向かいの家はリフォーム400万ほどかけて、
生活範囲だけコンクリの基礎を入れて、断熱壁と窓をいれた
みたい。」・・中略・・

「私が施設か、墓に入ったら好きな様にしていいから。
そのお金ぐらいはココに残してあるから・・」

一気に捲し立てる母に、「もう少しは働かないと、年金
も貰えない世の中だしね。今のパートは土日勤務があって
結構忙しいけど、公共の仕事だし頑張るしかないね。
こうして長期休暇も融通がきくし。休暇明け、水曜から
日曜まで連続勤務にはなるけどね。」と私。

仕事再開、梅雨入りの鹿児島

鹿児島を発つ前に梅雨入りしていた。
台風は躱したが、梅雨前線と線状降水帯に捕まった。

仕事再開初日の一昨日は曇っていたが、
雨の止み間の、日差しや青空はもう夏だ。

蒸し暑い日々、仕事場もエアコンが本格稼働する中
仕事再開、やや疲れが残る体には正直キツイ。
それを、気合いと根性で乗り切るのではなく、
無理せずまず体を暑さやエアコンの冷気に
慣らすことからである。休み休み動いたり、
体を冷やさないように、より暖かい場所で過ごす。

帰省時にかなり食べすぎたので、2キロほど太って
帰ってきた。ただ体調は、より夏場のような鹿児島のほうが楽になっている。後遺症が軽い。
フラつきも小さくなっている。

あまりいい気にならず、ぼちぼち仕事に体を慣らして、
ミスなどで復帰早々職場に迷惑を掛けないようにしたい。

 

つづく