脳梗塞 ワレンベルグな日々

ワレンベルグ(症候群)は脳梗塞の一種

ながら宅リハ

今日月曜は昨晩からの激しい雨で目覚めた、昨日日曜は久々に蒸し暑かった、恵みの雨?
7時の起床、朝食後の宅リハ。
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32型テレビ、録画を見ながら小一時間以上が目標。
昨晩録ったお気に入りの刑事モノ、見ながら、バランス運動、筋力強化のための運動をしつつ楽しむ、いろいろ考えながら。。 決して番組批判ではないことをまず申し上げる、大ファンの番組だ。
まず意図せず、立てこもりのストーリー、最初に断りのテロップ。ご時世がら仕方ない。
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また犯人を自供に追い込むところが、ドラマチックというか、予想外。『犯人が語りに落ちる』という流れは、ドラマ構成上仕方ないのだが、犯人へ拳銃の(威嚇)発砲と同時の、準備周到な〇〇ンガンで気絶させて、騙し討ちに捕る、という流れは、今時(のシリアスな作り)ではない。昭和に流行った、悪者退治の私刑執行ドラマの香りが(私には)する。
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謎解きストーリーとは別の立て付けで進む親子愛・家族愛のなかで用いられた、肩たたき券あるいは親子の将棋なども、昭和の香りであった。もしかしたら原作者は私と同年代?などと思ってしまう。

もうひとつ、事件解決の要素となったのが、モールス信号(アマチュア無線)である。完全に昭和である。30年以上前の大学時代にアマ無クラブに所属していた私が苦笑したのが、これ
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自ら人質になり囚われの主人公が、犯人に悟られぬよう、後ろ手で、耳かけ式通信ヘッドセットを指で叩いて、信号を味方の刑事に送るというくだり。
モールスを齧った私(アマ無2級)は、打音(と間)だけでは、相当のモールスの熟練者でないと聞き取れないでしょ?と思ったり。だってモールスって、『ツー』『ト』の長音と単音の組み合わせでAとか あ を伝え、一語一語には『間』が必要、、打音と間(ま)だけでの伝聞は無理でしょうから。
敢えて言うなら、この通信ヘッドセットはカメラ・マイク付きの5G通信端末で、補聴器ライクに目の前の映像をライブで発信できる、全盲の主人公の近未来武器なのだが、その使い方をしないで、まさかの(昭和の)モールス信号(暗号)をわざわざ組み合わせるという、やり過ぎ感?が(古いモノ・コトが好きな私の)好みでもある。
脱線するが、モールスというのは、P to Pの無線通信の電波状態が悪いときに変調音声が聞き取りつらくなる時でも、変調がない分、より確実に届く通信方式なのだが、これだけ基地局があり常時安定した音声通話(さらに映像送信)がいつでも誰とでも安価に出来る携帯電話時代がきて役目をほぼ終えた。その携帯が災害などで使えないという時、また音が通じない時に、懐中電灯などの光のオンオフを利用してモールスを送ることは、まだ理にかなっている(こちらのほうが長音・単音・間が分かる)。
こういう昭和のジジの突っ込みをよそに、ドラマは昨今のキーワード、親ガチャ、若者の貧富、挫折などの世相テーマも織り込みながら進むので、深みを持たせる仕上がり(単純な昭和のモノとは趣が異なり)、大泉、福山の主人公のオーラも重なり、視るモノを引きつける。

次の録画は、NHKの海外モノで、大好きなフランスのものである。
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杏(端的に言えば、バツイチ、子持ち)のフランス生活、挑戦編。モデル出身で華がある彼女だが、気取りも(バツイチの)気後れもなく、前向きに飛び込んでいる感がよかった。こちらも、元フランス在住の私が、えー、フランス語通じるのぉ?という感じの片言でも、編集や演出は多少あったとしても、フランス人との掛け合いがサマになっている、というか、彼女の(女優、モデルとしての)オーラはあるのだが、番組の中ではあるが、素のシングルマザーの彼女(の生活感や姿勢) に対し、関わるフランス人が手を差し伸べてる感を感じたのは私だけか? 
パリで暮らす理由は?と訊かれて、(日本では芸能人だし)ここで子育てをしっかりしたい という答えがあった。ここに小さな矛盾(言い方は悪いが、テレビへの生活の切り売り) は私にはあるが、他のフランス在住芸能人(裕福なパートナーの庇護)とは違い、じっさい生活のためという感じも番組から伝わるのである、フランス人に意外と溶け込む(母としての)彼女に、エールは送りたいと思ったのである。

こんなに真剣に二番組をみていて、リハビリが疎かになっているのはないかと、心配して(呆れて)いるかもしれないが、リモコン片手の時短ながら視である。そもそも録画してみるのは、CMカットして、飛ばし視(して一時間モノを30分位で視て見終わればすぐ消す)のためでもあるが、同時に複数のことを行う訓練という意味もある。体を純粋に鍛えるというよりは、バランス改善のための脳の働き回復というかんじで(不謹慎?)テレビを横目で見てストーリーを追いながらの運動、自己流である。