脳梗塞 ワレンベルグな日々

ワレンベルグ(症候群)は脳梗塞の一種

モネ、、

図書館で借りてきた原田マハ氏のジヴェルニーの食卓、読み終えた。マハ氏の真骨頂の短編集だが、読後に見たモネの特集のテレビ番組プロファイラー(録画)が良かった、さらに感動が倍加される。
パリの郊外、ジヴェルニーのモネの家。ここには出向時代に行っている記憶も重なる。
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原田マハ氏のジヴェルニーの食卓は、マティスドガセザンヌ、モネの4人の画家をそれぞれ支えた人の視線で描かれた4つの物語で構成されている。例えば、マティスは、ニースでのホテル住まいの時に世話係に抜擢された一人の娘(そしてマティスの友人ピカソが登場する)。セザンヌは売れない時に彼に絵の具をただで与えて支えた画材屋の親父の話。それぞれの物語が美しく、それぞれの画家が病気や貧困で苦しいときの彼らを尊敬し支える温かな理解者たち、少し切ない。
モネのストーリーは、後妻の娘のアンリからみたモネのストーリー、晩年作品が認められ、裕福になったが、彼の命ともいうべき視力が落ちてしまい絵が描けなくなって苦悩する、アンリは食卓や身の回りの世話で彼を鼓舞し、手術などを受けた後、最後の大仕事、オランジェリー美術館の睡蓮の大作を完成させる。
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番組では、もう少し深く広く掘って、印象派とは何、モネの目指したモノは何、という視点で進められる。モネと言えばこの人、もねちゃん。
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彼女はやはり、性格がいい。彼女がこれを見て泣いてしまったという、視力が無くなってきたときの彼の絵。タッチも色も変わってしまう。水辺と光の反射を見過ぎたせいか。画家の目や感性というのは、命だ。大きな睡蓮の絵のプロジェクトの途中での絶望感はどんなだったろうと思う。
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印象派という人々が世の中を席巻しはじめるという歴史、それまでの宗教的な題材や精緻な絵から、画家個人のインプレッション、感性やタッチの幅が生まれ、それが最初は否定されながらも徐々に評価されていく時代の流れの中で、磨かれ次々と新しい人が続き花開いていった絵画の世界。

海外駐在していた頃は、何も知らずに、何となく訪れていた美術館や画家のアトリエ跡。youtubeや後生のテレビ、あるいは原田マハさんの小説等により、その「何となく」現地で触れていたものが、実はもうお金に換えられない宝物であったことに後で気づかされる。もっといえば、富山で自転車で古本屋を回ることなどしてなければ、モネやピカソゴッホマティス等の画集みたいなものとの出逢いがなければ、もっといえば、大病を発症しあの世にいってしまったり脳が損傷受けて、私が私でなくなっていたら。。
海外駐在時に苦労しながら仕事は評価されなかったけど人生で大事なものを得たという肯定感も、今こういう気づきも深掘りも出来なかった。不思議だ。そういう経験全てがあって出逢いがあり今がある。
まさに、生きてこそ。原田マハ氏が紡ぐ物語とのここ片田舎の図書館での出逢い、ありがたいことだ。